今年も来年も2月は28日しかありません。
去年は29日までありました。
それなのに他の月は30日や31日あります。
ですから、なんと今年の2月は明後日で終わります。
☆2023年2月28日付虚構新聞「2月、30日まで延長を」
https://kyoko-np.net/2023022801.html(これは嘘ニュースです)
2000年以上昔に

2月の日数が短い理由は、古代ローマの暦に由来しています。
ローマの初期の暦(ロムルス暦)は1年がおよそ10ヶ月(304日)しかなく、冬の期間(約60日)はカウントされていませんでした。
年の始まりは1の月をMartius(軍事と農耕を始める月)とし、10の月をDecemberと制定。
この月以降の2ヶ月間は休息の期間として構成しました。
後に王となったヌマ・ポンピリウスは冬の期間もカウントすべく、年頭にJanuarius(1月)とFebruarius(2月)を追加。
1年を12ヶ月(およそ355日)に調整します。
しかし1年の日数を偶数にすることは縁起が悪いとされ、2月だけは28日とされました。ここで端数調整がされたのでしょうか?
紀元前46年になってユリウス・カエサルが天文学者に計算させた結果に従って、1年を365日に増やします。
さらに2月は今のように通常は28日にするとともに閏年を設定し、その年のみを29日にしました。
つまり2月が短いのは古代ローマ帝国時代の名残であり、当時の調整の影響が今も続いているからです。
明治時代の算数


現在も使用されているグレゴリオ暦法は、日本国内では1872(明治5)年の太政官達第337号と1898(明治31)年の勅令第90号によって採用されています。
明治三十一年勅令第九十号(閏年ニ関スル件)
神武天皇即位紀元年数ノ四ヲ以テ整除シ得ヘキ年ヲ閏年トス
但シ紀元年数ヨリ六百六十ヲ減シテ百ヲ以テ整除シ得ヘキモノノ中更ニ四ヲ以テ商ヲ整除シ得サル年ハ平年トス
これを私が意訳すると、
…神武天皇が即位してから数えた年数が4で割り切れたら、その年は「うるう年」。
ただしその年数から660を引いて(西暦・グレゴリオ暦に合わせるため)さらに100で割った後、4で割り切れない年数ならば「平年」とする。
ですから西暦1900年と2100年(今から75年後)は割り切れませんので、「うるう年」にはなりません。
☆国立天文台「どの年がうるう年になるの?」 https://www.nao.ac.jp/faq/a0306.html
75年後のことを憂う

当時の太政官が通達したものとは言え、2月が短い理由は古代ローマの慣習に基づいたものに過ぎません。
現代まで同じ暦を維持する合理的な根拠があるとは言えないという指摘は悩ましいところです。
締め切りに追われる作家や受験生にとって、日数の少ない2月は苦しい時期なのです。
「2月だけが著しく不平等な状態にあることを認識していたにもかかわらず立法措置を講じなかった」と、裁判所は国の不作為を認定したとのこと。
この新聞記事は大半が嘘です。
でも1900年や2100年がうるう年にならないことはご存じだったはずですよね?太政官殿と勅令を出したさるお方!
皆さんが平成生まれならまだ生きている方もいるであろう2100年3月1日のデジタル社会がちょっと不安になります。