北九州市門司区にあるJR門司港駅のすぐ隣にある敷地に、公共施設と商業施設の建築が計画されています。
それが進められる最中の昨年2023年に行われた北九州市教育委員会の調査において、1891年から1914年まで使われていた旧門司駅の遺構が発掘されました。
貴重な歴史的建造物の遺構は保存すべしとの意見が出る中、計画通りに公共と商業の複合施設を建設するかで賛否が分かれています。
北九州市「門司港地域モデルプロジェクト再設置計画」https://www.city.kitakyushu.lg.jp/contents/25801183.html
ただの「空き地」ではなかった
初代門司駅は1889年(明治22年)に九州の玄関口である門司港と筑豊炭田の石炭を輸送するために、民間会社「九州鉄道」の駅が作られました。
ここが九州の鉄道網の起点です。
それにも関わらず、2023年10月までこの計画地には埋蔵文化財包蔵地(遺構・遺跡)の指定がされていませんでした。
もし埋蔵文化財として指定されていた場合、その土地の開発には市の教育委員会への届け出が必要となります。
その届出が提出されると外部の専門家が入って調査を始めることになるため、調査結果によっては建設候補地から外される可能性があったのです。
遺構が見つかっている現在は、埋蔵文化財として登録されています。
海上鉄道
東京都港区にある高輪築堤は、鉄道が開業した1872年に海上を走る鉄道を敷設するために築かれた石積みです。
海岸に線路を通すスペースがなかったために、今で言う防波堤のようなものを作ってそこに鉄道を敷いていました。
最近に入ってこの周辺の開発計画が進む中、発掘調査によって遺構が出土。
学識者から文化財的価値の高さから2021年に国の史跡に指定され、部分的ながらも現地保存に至りました。
東京都港区「高輪築堤とは」 https://www.city.minato.tokyo.jp/bunkazai/tikutei2.html
こうした状況から大規模開発の前には古地図や古写真を基に、文化財が埋蔵いないかどうかを関係自治体に対して事前に把握に努めることが法律で求められるようになりました。
文化庁「埋蔵文化財」 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/maizo.html
区庁舎も築94年
100年以上も前に鉄道が設置されたほどのところです。
古くからある街であるため、北九州市門司区の公共施設は老朽している建物が多く残っています。
そして門司区の地形は大きく海に突き出しており、中央部は広く山々が連なる地域です。
したがって津波や土砂崩れなどの防災上の対策のためとして、公共施設の再整備が急がれています。
北九州市作成の市民向け説明資料「門司港地域複合公共施設整備事業の経緯と今後について」 https://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/001086085.pdf
遺跡は街の中にも
私が昔住んでいた東京都町田市のホームページでも探してみると、遺跡遺構がたくさんありました。
「消滅」したところもあれば、現在の住宅地や学校にも残っているところがあります。
皆さんがお住まいの市区町村でもぜひ探してみてください。